味覚と香り
「フレーバーと香り」
フレーバーに対応する適切な日本語がなく、食品業界では食品香料と訳されています。 “食品香料”では言葉的には(実際はそうではないのですが) 味もそっけもない言葉となってしまっています。英語のフレーバーflavor (米)またはflavour(英)は、いろいろなことの表現に良く使われています。例えば、音楽、絵画、文章などで何か物足りないというような場合には、“ちょっとフレーバーが足りない”とか、反対に“フレーバーがよく効いている”などのように使われます。“画竜点晴”の点睛でしょうか。あるいは“天晴”れ(あっぱれ)でしょうか。
“味も素っ気もない”から推し量ると“素っ気”となりますが、”素気“だと一層実感が沸いて来ますが、そんな言葉は見たことも聞いたことがありません。それに代わる言葉として、”精気“があります。ここまで来ると”気”体になる前の”液”すなわち”精油”となります。実際にも食品香料の大半はこの精油から成り立っています。
精油などでは、固苦しいので、これからは単に“香り”とします。五つの基本味として、よく言われているのは、甘味・塩味・苦味・酸味・旨味ですが、では“香味"は一体何でしょうか。一般的に香味といわれるものは、わさびや山椒などのことと指していると思います。ここでの香りはこの香味ではありません。
「味と香り」
味や香りは舌や鼻の細胞に分子が到達することで感じます。鼻の場合には一般的に揮発性の物質を感じますが、揮発性である必要はなくて、閾値(臭いとして感じる=反応する最小限の化合物の量)と蒸気圧の関係で感じるか感じないかが決まります。例えば、鼻の細胞に到達しても感じない物質は幾らでもあります。例えば、一酸化炭素などは無臭ですから、昔の都市ガスは漏れても分からないので臭いの強い(閾値の低い)揮発性の物質が加えられていました。舌の場合には揮発性であるもの、無いもの、の両方を感じます。鼻と口は繋がっていますので、揮発性のものは口から入っても鼻に抜けて香りを感じます。
したがって、塩の塩味やカフェインなど強い苦味のある化合物は揮発性ではないので鼻では感じません。しかし、フェノール類は一般的に苦く、フェノール自身は揮発性があり、不快な刺激臭としても感じられますが、仲間のバニリンは甘い芳醇な香りですが、やはり苦いことに変わりはありません。エチルマルトールという化合物も鼻からは甘い感覚がありますが、舌では苦く感じます。ということで鼻で感じる“味“と口舌で感じる"味”とは大いに違っている可能性があるということでしょう。
では香りの種類によって味の強さなどが変わるのでしょうか。国枝らの報告[注]では、砂糖液にストロベリー、バニラとレモンのフレバーを加えた時の甘味の感じ方の違いを調べています。
これは砂糖液とフレーバー(香り)をつけた砂糖液とを比べて甘いと感じた方を選んだものです。ストロベリーの香りがある方が甘いとした人の数が多く、バニラについても同様です。レモンの場合にはフレーバーのない方が甘いと感じる人が多かったいうことです。大変面白い結果だと思います。
最近では水道の蛇口に着けるだけで香り付けを出来る装置が売られていますし、甘味がないか、弱くして、フレーバーだけの水なども売り出されています。アイスクリームはフレーバーを楽しむ最も人気にある食品の一つです。ストロべりーやバニラアイスクリームが人気のある理由の一つかもしれません。逆にレモンのフレーバーはレモンのすっぱい感じがするので、甘味が抑えられてフレッシュな感じがするということでしょう。
商業的商品の話だけでなくご家庭でケーキなどを作られるときにも応用できるのではないでしょうか。
「フレーバーとフレグランス」
フレーバーとフレグランスの最も大きな違いはフレーバーは飲食品の香りで口に入れられるもので、食べたり飲んだりする前にもっとも強く香りを感じ、口の中に入れたときにも口から鼻に抜ける時に香りも感じます。映画館のポプコーンのバターフレーバーやカレーフレーバーなどのように相当な距離を隔てても感じる(強度が強いあるいは香りを感じる閾値が低い物が少なくありません。最近の傾向としてこのフレーバーとフレグランスの境界(垣根)がなくなってきているといわれています。もっともフレグランスを飲食品に使うという意味ではなくて、後で触れているように飲食品の香りがフレグランスでも好まれる傾向にあるという意味です。
化学的にも強烈な香り化合物には窒素やイオウ分子が入っていて揮発性が高く、少量でも感じるようになっています。ただ、フレーバーも鼻から感じることに変わりはなく風邪をひいたり、花粉症で鼻づまりのときは食事が美味しく感じないのは、ストロべりーと砂糖の甘味の関係の上の例のように、香りがないと甘味が減り、すっぱみも少ない味気のない食事となるからでしょう。残念なことに、年齢と共に嗅覚が衰えて、味の感覚も弱く(薄く感じるようになり)、食欲も落ちて行きます。
一方フレグランスの場合には使われている化合物の数もフレーバーと比べて少なく、分子中に窒素やイオウが入っているものは限られています。それだけ閾値も高く、芳香剤やシャンプーなどに使われる香りの量は多く、持続性で、数ヶ月香りが持続するようなものもあります。最近ではフルーツ系、クッキーやチョコレートをイメージしたフレグランスも好まれるようになってきていますから、フレーバーとフレグランスの香りのタイプの垣根が低くなってきているようです。
香りと味覚の間には強い相関関係があると考えるの自然です。香りは一般的に揮発性物質によるものですから、冷めた食事はよほど上手く調理をして、香り付けをしなくては味も半減します。その分、マリネや酢の物のようなすっぱい清涼感のあるものが低温でサーブされ、メインデッシュは温かい料理がなによりなのでしょう。
炊きたてのご飯のフレーバー研究が進み、電子レンジで温めるだけのご飯も美味しく感じて、好く売れているということです。温かいと味も強くなり、香りも強くなり、何より食事が楽しいものとなるからでしょう。また、京都府立大学の中村先生らの研究でも、フレーバーや香りに分類されるようなものが、ガンの予防の可能性などいろいろな生理活性を持つことも知られるようになっています。味は身に通じて実や美となるということでしょうか。
[注]国枝里美;第23回官能検査シンポジウム、1993年