味覚と香り
「日本料理の甘み」
関西と関東の味付けの大きな違いは、使う砂糖の量と濃い口と淡口醤油の違いでしょうか。関西ではおでんのことを関東煮(かんとだき)といいますが、その理由は関東から伝わった醤油味の濃い出汁(だし)で作られたからだと言われています。それがまた関東に戻って、今では関西風のおでんが主流になっているそうです。ということはおでんに関しては、現在は東西同じような味付けということになります。
マンハッタン郊外の関西割烹:レストラン西のオーナシェフ西山さんは京都の岡崎の出身の方です。マンハッタンの大きな日本料理店の料理長を勤めたり、日本の最大手商社の社長シェフを勤めらたそうです。ここでは、砂糖を使わずに味醂を使うそうですが、では味醂の甘みは砂糖とは違うのでしょうか。栄養表によると、味醂100g中、42.3gが糖分で、アルコールはワインなみの9.5gとなっています。味醂は米麹ともち米をまぜ、焼酎または醸造用アルコールを加え2ヶ月ほど熟成させて作ります。麹菌の酵素によって米の澱粉が分解されて甘みがでるのですが、アルコールが酵母の酵素による糖のアルコールへの発酵・分解を抑えるので、アルコール分が増えずに甘みがそのまま残ります。
砂糖は、サトウキビやテンサイから抽出あるいは搾汁されて精製されたものです。日本には奈良時代に伝わり、ヨーロッパには11世紀に十字軍によって持ち帰られたと言われています。サトウキビは江戸時代には東京でも栽培が奨励されていたそうです。
味醂には天然の発酵食品として糖分以外にもコハク酸やアミノ酸(旨味)が入っています。また、メーカー毎の作成法が異なることから味そのものも違いますが、砂糖と味醂の甘みの違いは、甘みに関係する糖の種類によると考えられます。澱粉の分解でできる糖はコーンシロップと同じもので単糖と呼ばれるグルコース(ブドウ糖)です。砂糖(蔗糖=シュクロース)はグルコースとフルクトース(果糖)が結合したいわゆるニ糖類です(図参照)。甘みは砂糖の方が強いのですが、グルコースの方が甘ったるさが少なくさっぱりとしています。
味醂は、特に精製はされていないので、カルシウム、カリウム、マグネシウム、銅などのミネラル、少量のビタミンB6もそのまま残っています。入っているアルコールは、通常加熱する料理では比較的低い温度でも水と一緒に蒸発する共沸と言う現象でほとんどなくなります。
ちなみに清酒も料理によく使われますが、味醂と比べ幾分多いアルコール(100g中12.3g)とはるかに少ない糖分(100g中4.9g)を含んでおり、ミネラルなどはほぼ同じ量入っています。
昆布は、ミネラルの宝庫で、ビタミンも豊富、さらに不飽和脂肪酸もかなり含んでいます。昆布に含まれるグルタミン酸などのアミノ酸が味をまるくよくするのでしょう。カツオ節はミネラルを多く含み、動物性食材からの旨味成分イノシン酸を含んでいます。いりこ(煮干)は脂身を多く含み、西山さんの言われるコクを増すのに役立っているのでしょう。ちなみに手軽なカツオだしとか昆布だしには、出汁の主要成分は入っているのでしょう、が他の成分はほとんど何も入っていません。なお、味醂の中のコハク酸も旨味成分のある酸として知られています。
料理の味の化学成分の研究は結構進んでいますが、研究対象が複雑であるということと、味覚に対する好みが人によって違うといったことから、学問的には殆ど未知の領域です。日本料理の真髄は、出汁、自然の食材、素材を出来るだけ生かすためにどうすれば良いかを追求してきたことにあると思います。西洋や東南アジアの料理、中華料理などはどちらかといえば香辛料を多く使い、加熱による化学反応を利用して香りや旨味を作り出してきたようなところがあります。使う砂糖の量も多いのではないかと思います。その点、日本料理は香辛料を直接料理に入れることは少なく、その種類も限られています。わさび、山椒、たで、唐辛子などは付け汁に入れたりふりかけて使います。ミョウガ、ショウガ、大根など辛味や苦味をもつようなものはそのまま料理の一部としても使われ、それ自体が食材としても使われています。
ということで日本料理は出汁と新鮮さが決めて、調理されたものを醤油などで一層味わいの深いものにする“発明技術”と言えるでしょう。
図:味醂の糖〔グルコース〕と砂糖